今年もいよいよ師走を迎えて、やたらと気忙しく感じる日々。ぐっと冬の寒さが押し寄せて、今年もやり残したことはないかと想いをめぐらせます。
ふと、奈良が恋しくなりました。落ち着いた古都の街並みや、深い歴史をたどる社寺の趣。冬ざれた風情が、よりいっそう沁み入ります。なかでもよく訪れるのは、やはりお酒に縁ある場所ばかり。
三輪をこよなく愛す銘酒〝三諸杉〟
まず上げたいのは、お酒の神様として信仰の深い、桜井市の大神神社です。美しく壮大な三輪山の景観。三輪山そのものが御神体であり、御神木である杉には神威が宿るとして、杉の葉をお守りとして酒蔵に持ち帰り祀ったことが「杉玉」の発祥起源とされています。最古の古道という山の辺の道を歩けば、箸墓古墳をはじめとする古墳が点在しており、古代まほろばへと誘ってくれます。
この酒の聖地で、銘酒〝三諸杉〟を醸す老舗蔵、今西酒造。8年前に自著の取材でその熱い想いにふれたのをきっかけに、私も心にとめている酒蔵です。三輪の地をこよなく愛し伝えながら、古来の酒造りを礎に進化を恐れず、益々味わいを極められているように思います。
復活を遂げた「菩提酛造り」
次に上げたい場所は、〝菩提泉〟の歴史を守り伝える、奈良市の正暦寺。人里離れた山奥に、静かにたたずむ古刹です。境内には〝日本清酒発祥之地〟と刻まれた石碑が建っています。菩提酛によるお酒を初めて飲んだ時、その甘酸っぱく深みある味わいに驚きました。
室町時代、大陸より伝わる技術の粋を集めて、寺院経営のために造り栄えた「僧坊酒」で当時画期的な技術であったという正暦寺の「菩提酛造り」。時代を経て廃れていった技術ですが、現代になって、奈良の蔵元を発端に研究会が立ち上げられ、県内の工業技術センターなどの協力によって奇跡的な復活を遂げました。
なかでも驚いたのは、研究当時、境内の川や現地のいたるところで菌を採取して科学的に分析し、酒母作りにとって必須であった、この地由来の乳酸菌を数年かけて発見するに至ったこと。復活への執念が導いた奇跡に思えてなりません。
例年一月に行われる「菩提酛清酒祭」では、奈良の蔵元たちによって、屋外で仕込みを再現する作業が行われ、早朝から間近で見学することができました。私もこの祭の魅力にとりつかれ、これまで幾度も足を運びました。
寒空の下、米を蒸す甑から、もくもくとわきあがる湯気。力強く、淡々と作業を進めていく蔵人の姿に、近づき難い緊張感が漂います。無事に全ての作業が終わると、最後に、僧侶による祈りが捧げられます。連綿と受け継がれてきた酒造りへの感謝と発酵の神秘を感じる瞬間でした。