10月に入り、寒造りを行う多くの酒蔵で酒造りが始まっています。蔵人たちは春先まで気も抜けず、一丸となって酒造りの日々が続きます。
現在、私の住んでいる湖北、木之本町は、旧宿場町の面影が色濃く残る北国街道に、県内屈指の老舗の酒蔵がたたずんでいます。冬の朝早く、静かな通りを歩いていると、酒蔵の屋根上にもくもくと湯気が沸いている様子が見られます。朝一番に原料となる米を洗って蒸しあげる湯気が、造りを知らせる狼煙のように立ち上ります。
一昨年前、酒造りの始まる日に、地元の酒蔵を訪ねたことがありました。作業を始める朝、蔵に祀られた神棚で地元の神主による祝詞があげられ、醸造の安全を祈り、今期も美味しいお酒が出来ますようにとの願いを込め、蔵人一同が手を合わせました。神棚には、お酒の神様として親しまれている松尾大社のお札が祀られていました。
松尾大社は、全国から酒蔵をはじめ味噌や醤油などの醸造関係者が参拝に訪れ、古くより醸造の神様として信仰を集めています。京都の洛西、悠々と流れる桂川、なだらかな松尾山のふもとに鎮座する松尾社。私はその目の前の町内に生まれ育ちました。地元で親しまれる〝松尾さん〟の境内を遊び場にしていた子供時代から、成人した後に巫女として奉仕する日々を過ごしました。
日々のお勤めや神事のなかで、酒という文化に自然と興味を持つようになり、あるとき、旅先で立ち寄った酒蔵に松尾さんのお札を見かけて、そのご縁に深い感慨を覚えたのをきっかけに、全国各地の酒蔵を訪ね歩くようになりました。
宴席での作法を学んだのもこの頃のこと。御祈祷や祭典の後に行う〝直会〟は、神事の締めくくりに御神酒や供物を皆でいただくことで、御神酒に宿った神様のお力をいただくという意味があります。
「神さんの前で酔うことで、人は素直に正直になるんや」とは、私が酒の師匠と慕っている神主さんのお言葉。「それを見て神さんに喜んでもらうんや」と。注ぎつ注がれつ、尽きないお酒に、私も失態は数知れずありますが……、たくましく鍛えてもらったおかげで、数々の銘酒にも出会えました。
果たして人生で、あとどれほどのお酒との出会いがあるだろうか――。そう思いながら、今ではライフワークとなった〝蔵さんぽ〟を続ける日々。さて来月からも、季節ごと酒の暦をめくりつつ、ほろ酔い紀行を綴っていきます。
(毎月15日号で掲載)
まつうら すみれ
ルポ&イラストレーター。京都生まれ。〝お酒の神様〟を祀る、京都の松尾大社で本職の巫女を経て、現職。水彩画などのイラストやエッセイコラムをWEBや雑誌などに寄稿。毎日新聞にて「すみれのほろ酔い歳時記」連載中。酒蔵を巡り歩いて取材した著書『日本酒ガールの関西ほろ酔い蔵さんぽ』を出版。〝日本酒ガール〟としてイベント出演やカルチャー教室講師、日本酒のラベル制作なども手掛ける。京都と滋賀の2拠点生活。