「無低診」を知っていますか
日本では国民皆保険制度が整備されており、全ての国民は原則公的保険に加入しています。しかし、経済的な困窮を理由に必要な医療を受けられない患者は少なくありません。特に、現在は新型コロナ禍を契機にした失業等による影響も深刻であり、生活保護も申請のハードルがあります。そうした様々な困難を抱える患者の味方となるのが「無料低額診療」です。しかし、この事業は患者にも医療機関にもあまり知られていません。そこで、花園大学教授で、近畿無料低額診療事業研究会の代表を務める吉永純氏に無料低額診療の意義などについてお話を伺いました。聞き手は大阪府保険医協会評議員の金谷邦夫氏です。
困難を抱える患者を健康面・生活面の双方から支える制度
金谷 はじめに、無料低額診療事業について概要を教えてください。
吉永 「無料低額診療」とは、経済的な理由によって必要な医療を受ける機会が制限されないように、無料または低額で診療を受けられる制度のことです。
社会福祉法第2条第3項9号では「生活困難者のために、無料又は低額な料金で診療を行う事業」として規定されています。都道府県などに届け出た病院・診療所が実施し、療養担当規則の例外として医療費を減免することができます。
実施医療機関は「診療費総額の10%以上の減免をした患者と生活保護の患者の合計が、全患者の延べ総数の10%以上」「医療ソーシャルワーカーを置く」などの施設基準があり、定期的に報告も行う必要があります。
「社会保障制度」を補完し支援に繋げる意義を持つ
金谷 無料低額診療事業の意義について先生のお考えを教えてください。
吉永 大きく2つの意義を強調したいと思います。
まず1点目が、日本の「社会保障制度の穴を補完」する制度だということです。日本は国民皆保険制度のもとで、医療提供体制が構築されています。しかし、非正規労働など経済的な理由で保険料を支払うことができず事実上の「無保険」となっている方や、窓口負担が払えず医療から排除されてしまう方がいらっしゃいます。
最後のセーフティネットとして「生活保護」もありますが、もともと条件が厳しい上、実質的な申請の〝門前払い〟など抑制・排除傾向が根強く、生活に困窮している場合でも生活保護の利用に結びつかない方が多くいらっしゃいます。
こうした「国民皆保険制度」と「生活保護」の狭間で医療保障から漏れてしまう方を補完する手段の一つが無料低額診療です。
2点目の意義が「ソーシャルワーカーの支援付きの医療保障」だということです。無料低額診療事業の対象者は、様々な生活上の困難を抱えています。そうした方々に対しては、単に診療時の減免を行うだけでは問題の解決にはつながりません。また、医療機関の経営的にも特定の患者に減免を続けることには困難があります。
患者のためには生活困難の根本原因を軽減・解消する必要があり、そのために重要になるのが、実施条件の一つである「医療ソーシャルワーカー」の力です。基礎資格としては社会福祉主事任用資格ですが、最近では社会福祉士を配置する施設が多くなっています。
日本の医療制度の中で医療ソーシャルワーカーの配置義務を行政通知として明記しているのは「無料低額診療」だけです。患者の健康面・生活面の双方から問題解決を図ることが無料低額診療の大きな意義であると考えています。
利用者特性からみえる制度に繋げる重要性
金谷 当院では海外からの難民の方も含め様々な背景を持った方から無料低額診療の相談を受けています。制度の利用者はどういった方が多いのかデータはあるのでしょうか。
吉永 厚労省は「低所得者」「要保護者」「ホームレス」「DV被害者」「人身取引被害者」などの生計困難者が無料低額診療の対象と説明しています。
しかし、これは一例に過ぎません。金谷先生の仰るように海外の方も近年増えている他、コロナの影響を受け困窮にあえぐ若者など多様な利用者がいます。
昨年、興味深い研究結果が雑誌に掲載されました。「無料低額診療事業の利用者の特性に関する研究」です(※1)。この研究によると調査の結果、利用者の特性として以下の3点が挙げられています。
1点目が「大学卒業の学歴を持たれている方が一定いる」ことです。学歴があったとしても、医療ケアが必要になった時に、経済的にリスクを持つ可能性があることを指摘しています。
2点目が「生活保護基準前後の収入で生活する人々が多い」ことです。生活保護受給のハードルがあるなかで、無料低額診療を「緊急避難的で柔軟な医療機関を主体とした活動である」として、その意義を強調しています。
3点目が「患者の背景には社会的な孤立が生じている」ことです。そして、無料低額診療事業を通じて「社会的に困窮している生活困窮者をセーフティネットに包摂する効果が期待できる」と述べています。
この結果から改めて無料低額診療の重要性がわかるとともに、まだ制度に繋がっていない方への働きかけが課題であると言えます。
「無低診」実施で免税等の利点はあるも課題は多い
金谷 重要な制度である一方で、「無低診」に取り組む医療機関は一部に留まっています。医療機関へのインセンティブについてはどうお考えでしょうか。
吉永 医療機関が無料低額診療に取り組むメリットはさしあたり以下の5点があると考えられます。
①生計困難な人にも、費用負担を気にせず、必要な医療を提供することができる
②医療費を理由にした治療中断への対策などに有効
③窓口未収金対策や対応の気苦労が軽減される
④法人税や固定資産税が非課税・減税される(ただし法人の種類による)
⑤CSR(企業の社会的責任)のアピールと評価が高まる
ただ、税金の減免については、運営主体によって差があり、恩恵がほとんどない場合もあります(右表)。 また、医療機関の「持ち出し」もネックとならざるを得ません。各医療機関におかれましては、目指すべき社会的使命や、先程の「利用者像」で挙げた方を新たに「患者」として自院に繋げる意味なども考え、取り組みの検討をしていただきたいと思います。
実施医療機関を増やすため更なる制度改善が必要
金谷 今後、地域で無料低額診療を増やしていくためにはどういった点の改善が必要でしょうか。
吉永 まず、そもそも無料低額診療制度を知らない患者、医療機関が多いため、周知に向けた広報を国や自治体が行うべきです。
2点目は、保険調剤薬局の薬代が無料低額診療の適用にならない点を改善すべきです。診療だけでは十分な治療効果が期待できない疾患も多いので、保険調剤薬局の薬剤についても早急な適用が求められます。そのうえで、薬代を助成するような制度も併せて創設すべきです。
3点目が無料低額診療を実施する医療機関への公的支援拡充です。無料低額診療は減免医療費を直接補填されることはなく、間接的な免税支援に留まっています。「持ち出し」をネックに感じる医療機関は多いと思いますので、直接的な支援が必要です。
4点目が届け出など事務関係の簡素化です。定期報告など各種の事務作業が医療機関の負担となっているという声を聞きます。できる限り簡素化すべきだと思います。
金谷 最後に私たち地域の医療機関や、保険医協会へのメッセージがあれば教えてください。
吉永 地域には、様々な理由を背景に必要な医療を受けられない方が多く埋もれています。特に、現在のコロナ禍で生活に困窮する方は増えており、地域で無料低額診療に取り組む医療機関が増えることが、今後ますます重要になっていくと思っています。現状では課題の多い制度ではありますが、是非事業に取り組む検討をしていただきたいと思います。
そして、保険医協会には、無料低額診療事業の改善に向けた働きかけや、興味のある医療機関をサポートする取り組みを行っていただきたいと思います。
金谷 本日はありがとうございました。