「総合区制度」及び「広域行政一元化」への疑問 組織再編という不毛な旗印
2020年11月1日に、いわゆる「大阪都構想」の是非を問う2度目の「大阪市廃止・特別区設置住民投票」が行われ、反対多数で再度否決されました。しかし、大阪維新の会は、反対の民意を無視するかのごとく今年2月の議会にて、24行政区を8総合区に再編する条例案「広域行政一元化・総合区案」を提出することを発表しています。新型コロナウイルス感染拡大が深刻化している大阪府でコロナ対策よりも優先されている「条例案」について、京都大学大学院助教の川端祐一郎氏にご寄稿いただきましたので、ご紹介します。
「都構想」の代替案
いわゆる「大阪都構想」は、2020年11月の住民投票で再び反対多数となり、その構想は潰えたかに見えた。ところが否決のわずか数日後に、大阪市の松井市長が「総合区制度」と「府への広域行政一元化」を条例制定によって進めるという方針を示し、2月に府市の議会で検討することが予定されている。
その理由は、住民投票でわずかに反対が多数となったとは言え多くの市民が都構想を支持していることから、「二重行政の解消」や「府市一体の成長戦略」はあくまで実行すべきであるということのようである。
総合区制度は従来、公明党や自民党も唱えてきた案の一つであり、現在の大阪市の24行政区を8区にまとめた上で、権限を強化するものだ。特別区のように「新たな地方自治体」が誕生するわけでも、「公選の区長」や「区議会」を設置するわけでもなく、あくまで大阪市の下部組織としての区に対し従来よりも強い権限を与えるというもので、都構想に比べれば控えめな案である。
副首都推進局でも特別区案と並行して検討されてきた経緯があり、特別区長に対して職員の任免権を与えたり、市予算の編成に対する意見具申の機会を設けたり、保育所や老人福祉センターの運営事務が市の本体(局)から移管されたりすることが想定されている。実施コストの試算も行われており、小さな額ではないものの、特別区設置に比べれば4分の1程度である。(下表)。
「府への広域行政一元化」については、詳細は明らかでないものの、昨年11月の時点で吉村知事は「市がやっている広域事務を全て府に一本化する」「財源も市から府へ移譲すべきである」と述べており、実質的に「都構想」に近いことを実現しようとしていた。ただし直近の報道によれば、都市成長戦略など少数の政策に限定した一元化案へと後退しているとのことである。
組織再編という「時間の無駄」
総合区案にせよ(後退した)府市一元化案にせよ、従来の「大阪都構想」に比べれば穏当な内容で、政令指定都市としての大阪市は存続することとなり、必要経費も比較的小さい。しかし都構想ほどのラディカルさは無いとは言え、同様の疑問を覚えると言わざるを得ない面がある。
8区への合区案の妥当性や、限定的であるとは言え大阪市民から権限と財源が剥奪されることの正当性が問われなければならないのはもちろんだが、最大の問題は、「行政組織の再編」がまたしても政争における旗印とされることの不毛さである。
「組織の再編」を目標に掲げ、成果として謳いたがるリーダーは非常に多い。しかし一般論として組織再編というのは、目に見えて分かりやすい改革である割に、それにともなう「混乱」や「コスト」に比して現実的な効果は生まれにくいものだ。それもそのはずで、人間組織の形態やそれを律するルールの中には、過去何十年、何百年にわたる経験の積み重ねが反映されているのであって、一時の指導者の思いつきで改善できることは限られているし、また急進的に改革すれば弊害が大きくなるものなのである。
また、「総合区」案を正当化するとされているのは、特別区案と同様の「ニア・イズ・ベター」、つまり「行政の単位は小さければ小さいほど、住民に身近できめ細やかなサービスが提供可能になる」という思想であるが、これについても注意が必要である。
確かに、遡れば18世紀以来伝統的に、政治思想家たちは「自治」の徹底のためには行政機構の単位が小さいほうが望ましいと論じてきた。しかし現代の政治学においてはこの見解は修正されていて、自治の単位は「大きければ良い」とも「小さければ良い」とも単純には言えないとされている。大きな行政単位にも、より高度なサービスの実行や、広範囲にわたる再分配が可能であるという利点があるからだ。
市民や府民にとって価値があるのは、産業の活性化や文化の振興や教育の充実や経済格差の縮小といった、具体的成果をともなう政策プロジェクトである。根拠のあやふやな「組織再編」に時間を費やすのは、無駄というべきなのではないだろうか。
京都大学大学院 助教
川端 祐一郎 氏大阪府立豊中高校、筑波大学第一学群社会学類(政治学専攻)卒業、京都大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。