「大阪都」構想の住民投票が11月1日に行われるとの告示を受けて、「都」構想についての所見を、呼びかけ人である京都大学・藤井聡教授と立命館大学・森裕之教授が9月17日に公募したところ、現時点で130人から供出されています。それを踏まえて、10月11日、大阪府保険医協会「M&Dホール」で、関西の学者・研究者、医師延べ26人が「都」構想で大阪市が廃止される危険性を訴えるため記者会見を開きました。会見では、それぞれの専門的見地から「都」構想の中身について検証し、意見が述べられました。大阪府保険医協会からは高本英司理事長が参加し、発言しました。様々な方の所見を一部紹介します。
学者記者会見はYoutubeでも視聴可能です(藤井聡氏のチャンネル)。
コロナ禍の今、なぜ「都」構想か
コロナ禍の今、なぜ大阪市廃止を問う住民投票なのか。吉村知事は新型コロナ対策の「大阪モデル」で有名だが、実際はワクチン治験をめぐる発言や「うがい薬」会見など政治主導で科学的根拠が乏しい。住民投票の実施判断の根拠とした「非常事態基準」を7月には何度も改変した。松井市長は「バーチャル都構想」を語るのみで大阪市としての独自施策は放棄している。大阪市をなくして特別区になれば市財源の65%は府に吸い上げられ、子ども医療費助成制度の対象年齢引き下げなど住民サービスが今以上に切り捨てられることは必至だ。
論外中の論外
藤井聡氏(京都大学大学院・教授)公共政策論、国土・都市計画
第一に、市の廃止は「大阪市」という一つの社会有機体の「死」を意味し、柳田国男が徹底批判した「家殺し」に他ならない。第二に、それに伴って大阪市民が税の支払いを通して享受している厚生水準が大きく毀損する。第三に大阪市という大きな活力を携えた共同体の解体で、それによって支えられていた大阪、関西、そして日本の活力と強靱性が毀損し、大きく国益が損なわれる。
最後に特定公政治権力がこうした危険性についての議論を隠蔽し、弾圧したまま特定の政治的意図の下、直接住民投票でそれを強烈に推進しようとしている。つまり、都構想はその中身も推進手続きも論外中の論外の代物なのである。
財政効果ゼロに等しい
森裕之氏(立命館大学・教授)地方財政学
特別区の財政シミュレーションの結果二重行政の解消による財政効果はゼロに等しい。一方、都構想の初期費用240億円、ランニング費用年30億円が必要で誰がみてもマイナスだ。
特別区でつくる一部事務組合で介護保険など120もの事業を担わざるを得ないことは、大阪市解体がいかに無茶な制度改革かを示す証左である。その事業費は2500億円にのぼり、特別区の財政圧迫の最大要因になりかねず、中身を変える実質的な審議もできない。さらに現24行政区につくられる地域自治区が加わり、大阪の地方自治制度は類をみない複雑極まりないものになる。
国民投票は一度きり
西澤信善氏(近畿大学・教授)人間科学
英国のEU離脱の国民投票は一度きりで、それが正しいやり方である。2回目の住民投票にかかる膨大な費用は税金の無駄遣いである。府市重複の無駄というが、例えば大阪府大と大阪市大はそれぞれ建学の精神が異なる。
不公正なプロセス
柏原誠氏(大阪経済大学・教授)政治学・行政学等
住民投票に向けて進んでいるプロセスは著しく不公正と言わざるを得ない。住民向けの説明会の回数が制限されているのに加えて、説明資料も、市の特別参与から疑義が出されるほど推進に偏った資料である。一方的な推進宣伝が税金を使って行われている。研究者としてだけでなく、大阪市民の一人として懸念する。インフォームドコンセントをとる環境には全くない。
存在しない二重行政
下地真樹氏(阪南大学・准教授)経済学
存在しない二重行政に依拠した存在しないメリットの喧伝、希望的観測によるコストの過小評価等、賛成できる要素は全く示されていません。新型コロナウイルスの流行は終息していません。私たちは依然として危機の最中にあります。あらゆる社会的リソースを危機の克服に向けるべき時に、どうしてこのような不要不急の政策を強行するのでしょうか。人々の生命や安全を軽んじる松井市長・吉村知事の姿勢には、強い憤りを抑えられません。
若い世代への負担懸念
澤井勝氏(奈良女子大学・名誉教授)財政学
一部事務組合に介護保険制度が移行され、市民から遠い存在となる。高齢化社会で求められる介護・医療・福祉を統合した「地域包括ケア」からは遠ざかる一方となるに違いない。当然医療費を下げることはますます困難になる。それが若い世代の負担をより重くすることが強く危惧される。
サービス機能の低下
川瀬憲子氏(静岡大学・教授)財政学・地方財政論
行政区が統合されるため、これまで区の単位で行われてきた福祉や防災などのサービス機能が低下します。平成の大合併で広域的な合併を経験した市町村では、こうした問題が顕著に表れました。
歴史ある大阪市の解体を促し、民主主義や住民自治を否定する大阪都構想には重大な疑義があります。
自治の総量の維持を
水谷利亮氏(下関市立大学・教授)行政学・地方自治論
「二重行政」と言われるものには、二者が互いに協働・補完し合うことで、実は全体として市民の生活や企業・団体の活動などを支援・保障できているといった、圏域で「自治の総量」を維持し高めている「良い二重行政」もあります。
今後も大都市「大阪」の生活と文化と街を発展させる点からみれば、単純に「二重行政の解消」を名目に大阪市を廃止・解体して政令市でなくする「大阪都構想」は重大な問題があります。
必要な費用を先送り
薬師院仁志氏(帝塚山学院大学・教授)社会学
今回の案は、むしろ前回よりも無茶な計画だ。見かけの初期費用を約600億円から約240億円に減らし、いかにも経費を削減したように見せかけている。
しかし、この経費削減は新しく自治体を作るにも関わらず、その仕事を担う新しい庁舎を用意しないという無茶な計画の上に成り立っているのだ。本来は必要な費用をただ単に、将来に先送りしただけのことである。
コロナ禍の暴挙
伊地知紀子氏(大阪市立大学・教授)社会学、文化人類学、民俗学、史学
今回の住民投票はコロナ禍で実施するという暴挙です。住民生活を守る役目を担う自治体の長が進めるべきことではありません。大阪市が廃止されると、暮らしの質を豊かにするスポーツセンターや老人福祉センター、子育てセンター等の施設が減り、子ども医療費や老人パスといった日々の安心への支えが削られていくのです。
市廃止のメリット・デメリットを丁寧に説明もせず、松井市長と吉村知事は住民投票を政治家と有権者の勝負の場にしています。
「よくわからないけど、動き出したんだから乗っておこう」という日本全体でよくみられる現象について、ここで立ち止まって考えるときです。
自治権授与は疑わしい
荒井文昭氏(東京都立大学・教授)教育学
集権的な体制をつくるため、東京府・東京市が廃されて東京都・特別区がつくられた歴史的経緯を忘れるわけにはいかない。教育行政の領域でいえば、特別区には、市町村に認められている教員人事について意見を言う権限も長く認められていなかった。変えていく契機の一つとなったのは東京都中野区で取り組まれた教育委員準公選を求める住民の運動であった。都構想では、東京都以上に特別区に自治を認めるといわれているようではあるが疑わしい。
自治体の役割放棄か
中村和雄氏(京都大学・非常勤講師)法律学
住民の命と暮らしを守る自治体の役割を放棄するものこそが大阪都構想だ。コロナ禍で自治体の役割が再認識された。住民に寄り添って身近なところで住民の状況を把握しその地域にふさわしい対策を迅速にとっていくことが求められている。そのためには、住民に近いところでしっかりとした権限をもった自治体が機能する必要がある。大阪市を廃止してしまうことはその要請に逆行するものである。十分に議論することが困難な状況の中で強行することは許されない。
具体的施策なし
大神令子氏(梅花女子大学・講師)キャリア形成論
都構想の基準となる協定書には成立後の具体的な市民の生活がどのようになるかが書かれていない。「その内容や水準を維持するよう努めるものとする」とは書かれているが、その文言を担保するような具体的な施策は一切ない。
デメリットを重視する
山田忠史氏(京都大学大学院・教授)交通工学・交通計画
新しいものを作り上げるときには、通常メリットとデメリットの双方が生じえます。それらがそもそも何なのか、どのくらいの可能性で生じるのかを考慮して決めるはずです。判断に迷った場合には、デメリットとその可能性を重視するでしょう。
合理的な理由全くない
紙野健二氏(名古屋大学・名誉教授)行政法
否決した都構想を再度出してくることに合理的な理由は全くない。甘言に乗せられ、享受しているサービスの低下を許してはならない。
大阪都にならない
宮本憲一氏(元滋賀大学学長・大阪市立大学名誉教授)財政学・都市経済学
大阪市はなくなり市民ではなく、北区とか中央区という名称の特別区民になる。大阪府は法律改正をしなければ都にならない。仮に大阪府が都になっても府県制を超えるような機能を付与されるのではない。国税の一部が特別に大阪に配分されるのでもない。
外国籍排除に未来なし
朴一氏(大阪市立大学・教授)国際経済学
大阪市には現在14万を超える外国籍住民が居住している。橋下徹氏が市長になってから、外国籍住民有識者会議は廃止されてしまった。今回の住民投票でも、外国籍住民は排除される可能性が強い。この住民投票にも条件を満たした外国籍住民を参加させることが必要であると共に、現在の大阪都構想の中に外国籍住民の声を反映させる仕組みが全く見られない点を指摘できる。外国籍住民を排除した都構想に、大阪の未来はない。
当たり前の自由放棄か
田中皓介氏(東京理科大学・助教)国土・地域計画
大阪市廃止は、今の大阪市民が自分のまちの未来を他人に委ねてしまうということである。きちんと検証すれば存在するかも怪しいメリットのために、当たり前の自由を放棄してしまう都構想には、強い懸念を示さずにはいられない。
手続き的にも不適切
木谷晋市氏(関西大学・教授)行政学・政治学
大阪都構想とは、思い付きに過ぎない政策を否定された維新の会が、これを実現するために、権力と財源を府に、そして一人の知事に集中することを目指したものである。これを進めてきた手続きは、行政学・政治学的に考えて適正なものではなかったし、行われた説明は願望とまやかしに基づくものであった。手続き的に不適切な住民投票とは言え、とりあえずはこの構想を否決し、大阪府・市のあり方を考え直す契機とすることが得策であることは間違いないと考えられる。
例にない特別区格下げ
住友陽文氏(大阪府立大学・教授)歴史学
もし大阪市が廃止されれば、日本史上初めて政令市が特別区に格下げとなる。特別区は東京都にしかないもので、総力戦体制下の1943年に、それまでの東京市の自治権限を強化する運動を押さえつけて、帝都防衛のための体制づくりに利用すべく作られた体制奉仕の団体が、この特別区であった。全国どこにも特別区をめざす地域はなく、当の東京都内の特別区長でさえ、特別区は古い歴史的産物で、終焉を迎えるべきシロモノと呼んでいるものだ。
2度と復元できない大阪市廃止という大きなリスクを払って敢行するものではない。大阪市民には再び賢明な判断をお願いしたい。
地域福祉の後退懸念
藤井えりの氏(岐阜協立大学・准教授)地方財政学
一部事務組合によって運営されることになれば、保険料抑制のみならず、住民ニーズに即した介護予防などの事業を行うことが難しくなり、地域福祉が住民ニーズと乖離していく可能性が懸念される。
愚挙でしかない
岩井 圭司氏(兵庫教育大学・教授)精神医学
薬には効果(主作用)と副作用(有害作用)があります。デメリットを、まずはきっちりと評価しておかねばならないのです。それをすることなく大阪市廃止・特別区設置が認められてしまうというのは、臨床試験なしに新薬を導入するにも等しい愚挙と言わねばなりません。
府市統一の危険性
釈 徹宗氏(相愛大学教授・副学長)宗教学
他府県と比較しても、府市を統一しなければ実行できない案件はあまり見受けられない。「大阪の特殊事情だ」との主張もあるが、その特殊事情を是正していくのが本来の手順であろう。多額のコストをかけてすべきものなのか疑問である。また、現在の愛知県と名古屋市の関係を見るにつけ「県と市が同じ意見に統一された場合の危険性」さえ感じる。
二重行政は宣伝文句
広原盛明氏(京都府立大学・元学長)都市計画
大阪都構想は巨大プロジェクト建設のための資金を生み出す手段であって、二重行政の無駄を省くとの口上は単なる宣伝文句にすぎない。