作家寄席集め 第30回 長谷川町子/恩田雅和
国民的漫画「サザエさん」の生みの親、長谷川町子(1920~1992)が生まれて百周年記念の昨年は、東京世田谷区に原画などを常設展示する「長谷川町子記念館」がオープンしました。長谷川町子が姉の鞠子と設立した姉妹社版『サザエさん』(全68巻)も収蔵されていますが、膨大な量の作品の中で落語や寄席が元ネタになったと思われるものが見られます。
朝日新聞社の文庫版『サザエさん』13巻に、ラジオから「エーお笑いを一席申上げます」の落語が流れ、カツオとワカメが飯台に寄りかかるようにして笑い転げるシーンがあります。波平が「つまらん落語じゃないか」とつぶやくのに対し、フネが「あしたあの人たちえんそくなのよ」と応えています。二人の子供は落語を聞いているのではなく、翌日の楽しい遠足に笑顔をみせているのでした。
同じく28巻に、夜カツオが隣家を訪れ、「せんたくものがほしわすれてありますよ」と知らせ、奥さんが「どうもよくきのつくぼっちゃんね」と感心します。屋根上の物干し台から奥さんがシーツなどを取り除くと「ダーン」という大きな音とともに鮮やかな花火が磯野家の縁先にはっきりと見えるようになり、波平が「たまやー」と叫びます。花火目当てのカツオの注進と判明しましたが、そこには、川開きの花火の晩にタガ屋が活躍し「たがやぁー」という掛け声で落ちの付く落語「たがや」が下敷きになって描かれたと思われます。
同巻には、マスオ、サザエ夫婦がハンチング帽で羽織姿のやや年配の男性に道を尋ね、「とうふ屋があります一ちょうほどで」と教えられて、あちこちと探しますが、「ないじゃないか!」と落胆するものもあります。しまいにマスオが先の男性を「ありゃ、らくごの円とつだった、ひっかかったよ!」と気がつき、サザエも「とうふ屋一ちょうおちをつけたね!」と応じました。豆腐の一丁と距離の一丁がかけられ、円とつという架空の落語家も登場させていました。
町子が16歳で入門した、「のらくろ」の作者・田河水泡は新作落語の作者でもあったので、「『笑いの論理』など、とうとうと高説がほとばしり出」(『サザエさんうちあけ話』)たそうで、彼女は折に触れて落語の話を聞かされていたことが想像されます。また『サザエさん旅あるき』には、姉が毎晩落語のカセットを聞かないと眠れないと言うシーンもあって、師匠の影響のほか姉のカセットテープを聞きこんで落語の知識を仕込んでいたことも考えられます。