阿川弘之

作家寄席集め 第50回 阿川 弘之/恩田雅和

海軍従軍の経験をもとに予備学生の心情を記した長編小説や海軍提督の伝記などを残した阿川弘之(1920~2015)は、一方でユーモアあふれる小説や随筆も数多く手がけました。

広島市に生まれ、東京帝国大学を繰り上げ卒業したあと海軍に入隊した阿川は、原爆を落とされた故郷の両親はもういないものと覚悟して復員しました。阿川が敗戦の翌年に発表した処女作「年年歳歳」は、復員後無事でいた家族を見つけ自身も再生する話でした。以後、阿川は自伝風に従軍体験を長編小説『春の城』(1952年)に、また特攻隊員に編入された海軍予備学生の心情を長編ドキュメント的な『雲の墓標』(1956年)にそれぞれまとめました。

1966年に刊行されたやはり自伝的な長編小説『舷燈』に、それらを書くに至ったモチーフの一部が語られています。「死んだ奴らの事を考へれば、自分にはこれで充分過ぎるくらゐ充分だと思ひ、生きて帰つて自分らの思ひを曲りなりにも作品のかたちで吐き出して、自費出版でもなしに本に出来た自分は倖せであつたと思ひ、それ以上の期待を持つ気にはなれなかつた。」

若くして戦死した海軍仲間たちへの鎮魂歌として、阿川は戦後すぐから短編に長編にと書かずにいられず、さらに『山本五十六』、『米内光政』、『井上成美』と海軍提督三部作を上梓、海軍全体を見つめ直す作業も行いました。

これと並行して阿川は、遠藤周作、吉行淳之介、北杜夫らの作家と親しく交流したエピソードを『論語知らずの論語読み』(1977年)と『あくび指南書』(1981年)などユーモアたっぷりのエッセイ集にして刊行しました。

前者は論語を阿川流の読み方で解釈したもので、古今亭志ん生や林家正蔵といった落語家が何度か例示されています。後者は落語「あくび指南」にならい、「題名も小見出しも、僕の好きな古典落語の中から頂戴」したというもので、計47の落語のタイトルをもとに落語とは関係ない阿川の交友ぶりが面白おかしく披瀝されます。

1981年1月、短編小説「夏どろ」が書かれました。自宅に泥棒が入り、現金が盗まれ、娘の佐和子がその音を震えながらじっと聞いていたという、どうやら実際にあった事件をヒントにしたような話です。落語に「夏どろ」がありますが、『あくび指南書』では扱っていなかったタイトルをこちらの小説の方に回した節があります。

このように阿川は昭和の名人たちの落語をよく聞き込んでいて、演題も数多く頭の中に入っていたことがうかがえる2冊でした。


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