坂口安吾

作家寄席集め 第39回 坂口 安吾/恩田雅和

終戦直後の評論「堕落論」や小説「白痴」などで知られる無頼派の作家坂口安吾(1906~1955)が、戦前に書いたとみられる未発表小説の自筆原稿が見つかったと今年2月に報じられ、文学ファンを驚かせました。

原稿は400字詰め原稿用紙の41枚で、昨秋東京都内の古書市に出品されているのを安吾全集の編集に関わった安吾研究者らが鑑定した結果、安吾の真筆と認めました。

そして2月17日、この小説に「残酷な遊戯」とタイトルが付けられ、関連作品とみられる5編の短編と研究者二人による解説対談とともに『坂口安吾作品集残酷な遊戯・花妖』の題で春陽堂から出版されました。

「残酷な遊戯」は、「美貌をうたわれた姉妹」のうちの「妹が姉をピストルで射殺した事件」を書生がその顛末を語っていくことによってストーリーが展開するものです。原稿は途切れているため結末は不明ですが、解説にある通り1947年2月から5月にかけて東京新聞に連載した安吾の小説「花妖」と内容がよく似ていて、その原型といってよいようです。

ただし書かれた時期は、使用された原稿用紙の種類などから1938年秋~1941年春と推定されています。つまり何らかの事情があってタイトルを付けずに起筆そして中断した小説を、7~8年後にあらたに新聞小説用に「花妖」と題し、安吾が書き直したことが考えられます。

1938年頃というと、安吾に関して私は別の興味に引かれます。この年の1月、安吾は「女占師の前にて」というエッセイ風な小説を発表していて、次のように前説しています。

「これは素朴な童話のつもりで読んでいただいても乃至は趣向の足りない落語のつもりで読んでいただいてもかまいません。」として本文で、芥川龍之介が女占師に手相を見せて相手に敵意を抱かせるというエピソードを紹介しています。

これは江戸時代の戯作者たちの精神に通じるもので、落語の中にも今なお生きていて、「小勝や小さんや文楽や柳枝」さらに「金語楼や三亀松」にもそれが体現されていると、安吾は言い切ります。

この頃、安吾は日本の古典文学をかなり読み込んでいて、後の『炉辺夜話集』に収録される「閑山」(1938年12月)、「紫大納言」(1939年2月)など古典を題材にした作品を発表していました。あわせて落語にも関心を寄せていたことは確かで、無題の未発表小説を書いていた時期とそれが重なっていたことは、今後安吾文学を考える一つのヒントになるかと思われます。


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