作家寄席集め 第35回 渋沢 栄一/恩田雅和
現在NHKで放映中の大河ドラマ「青天を衝け」の主人公は、渋沢栄一(1840~1931)です。幕末から昭和の初めにかけ官界、実業界、教育界で活躍、「日本資本主義の父」と称されて、2024年発行予定の新1万札の顔になることも決まっています。
渋沢の孫で98歳になるエッセイストの鮫島純子さんが、2020年12月31日付の毎日小学生新聞で祖父についてインタビューを受け、「『勉強になるから』と落語全集を読ませてもらい、孫の私たちが『寿限無』(落語の演目)を披露したこともあります」と、渋沢が孫たちに落語を薦めていたことを語っています。
渋沢が亡くなる2年前の昭和4年、大日本雄弁会講談社が『落語全集』を刊行していて、その上巻に子爵と肩書の付いた渋沢が「落語の用」と題した序文を寄せていました。
「近頃は社交の様子がすっかり変って、一体に雑駁になるばかりで、妙趣というものが無くなって来たように思われる。客を招ずるにしても、往時は徒らに談論し飲食するというだけではなく、必らず講談師とか落語家とか、或は清元、義太夫などの芸人をよんで、これに余興を添えなければ、宴席の体をなさず、客に対して真情をつくした礼儀ということは出来なかったものである。」宴席などの社交の場では必ず落語家などの芸人を呼んでいたという渋沢ですが、鮫島さんは渋沢が他界した昭和6年に、四代目柳家小さんを自宅に招いていたことを鮮明に覚えているそうです。
「予は青年時代から頽齢に至るまで、かような社交場裡で過ごして来たので、何時頃からとはなく落語が好きになって、随分いろいろのものを聴いているので、主なものは大抵覚えていたものである。殊に三遊亭円朝が大の好きで、よく聴いた。」寄席というより主に社交の場を通して渋沢は落語に触れ、落語家との交流を重ねていき、特に近代落語の完成者、円朝への思い入れは深いようでした。
「円朝という人は、文学上の力があったかどうかは知らないが、塩原太助、安中草三、牡丹燈籠などいう自作の人情ばなしを演じて、非常に好評を博したものである。その話しぶりも実に上品で、他の落語家のように通り一遍のものでなく、自分自身が涙をながして話したくらいで、従って感銘も深かった。」渋沢は円朝の人物をよく理解し、高座の落語もよく聴き込んでいました。