腹話術


作家寄席集め 第7回 腹話術/恩田雅和

落語の専用小屋である天満天神繁昌亭の昼席では、落語以外の芸(色物)を毎日必ず2席入れます。

色物といいますと、漫才、浪曲、マジック、太神楽、紙切りなどさまざまにありますが、これらはみな落語の間に挟まって、要はお客さんにより落語に集中して聞いてもらうためのものです。

その色物のうち繁昌亭でよく演じられる芸の一つに、腹話術があります。上方落語界では、笑福亭学光と現在オーストラリア在住の笑福亭笑子が余芸としてしばしば披露しています。また腹話術師の第一人者として知られた川上のぼるの弟子、千田やすしや次男の川上じゅんは今も関西を中心に活躍しています。

この腹話術を早くに小説に取り入れていた作家が、二人いました。

江戸川乱歩(左) 星新一(右)

一人は、日本の探偵小説と推理小説の開拓者、江戸川乱歩(1894~1965)です。乱歩は、「独身時代、これという情熱の対象もなかったような時期には、当時酒が呑めなかったので、毎晩寄席へ行った」(『わが夢と真実』)と言い、東京・本郷の「若竹」と浅草の「金車」に入り浸ったと記しています。

昭和13年、少年向けの読物として刊行された『少年探偵団』で、怪人二十面相の恐ろしい声が聞こえたのに対し、明智小五郎探偵は「僕が腹話術を知らないとでも思っているのか」と答え、腹話術で応じて解説するシーンが出てきます。「お分かりになりましたか。御主人。それが腹話術というものです。口を少しも動かさないで物をいう術です。今のように僕がこうして口を閉いで物をいうと、まるで違った方角からのように聞えて来るのです」。

また昭和31年、少女向け雑誌「少女クラブ」に連載された小説「魔法人形」の最初の章題が「腹話術」で、主人公のミドリちゃんが「いつか、パパとママといっしょに寄席へいったとき、腹話術を見たこと」を思い出して、「ああ、わかった。おじいさんは腹話術師なのね。坊やのかわりに、おじいさんが口を動かさないで、子どもの声でしゃべっていたのでしょう」と言い当てていました。

芸歴最長でまもなく卒寿を迎える三遊亭金馬は、昭和33年4月、小金馬の名前のまま真打昇進する際に、乱歩が挨拶状の文面を書いてくれたと、自叙伝『金馬のいななき』で紹介しています。「小金馬とは同君独身時代から親しくしている」「古典も勉強しているし 新作はお手のもの 余技としては腹話術の名手である」と、腹話術にも着目していて、それが一層当時の小金馬を乱歩がひいきにしていた理由でもあったようです。

ともかく乱歩は、子供向けとはいいながら探偵小説のトリックに腹話術を巧妙に使っていました。

一方、これをSF小説に応用していたのが星新一(1926~97)です。ショートショートで多くの読者を獲得した星は、SF分野でも大きな足跡を印しました。主だったところは短篇でしたが、「SFマガジン」に長期連載され、昭和39年に出版された数少ない長編の一つが、『夢魔の標的』です。

腹話術師である主人公は、クルコちゃんという人形を相棒にしてテレビの幼時番組にレギュラー出演するなどしていました。クルコちゃんが毒舌を吐き、社会問題を風刺しているということで人気を得ていましたが、ある日からクルコちゃんが勝手にしゃべり出し、主人公が制御できなくなりました。心の奥にあるものが押さえ切れなくなって人形の声になって表れるのか、などと主人公の懊悩が描かれます。

落語についてのエッセイをいくつも書いていた星は、合間に見ていた腹話術にも深い関心を抱き、腹話術の芸の本質にも迫る作品を残していたのでした。

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