池内 紀

作家寄席集め 第17回 池内 紀/恩田雅和

兵庫県姫路市出身でドイツ文学者の池内紀(1940~2019)が、8月30日、逝去しました。カフカの全作品やゲーテの『ファウスト』を斬新に翻訳したことで知られた池内は、旅にまつわるエッセイや小説も多数発表していました。

1993年刊行の『錬金術師通り』はウィーンやプラハなど東欧の五つの都市を巡る短編小説集で、中の一編「カフカの一人息子」は、カフカの最晩年に寄り添っていた女性に一人の息子がいて、老人になったその息子に会いに行く話です。41歳の生涯を終えたカフカには結婚歴はありませんでしたが、その老人はカフカが父だと言い張りました。

カフカ全集を訳し終わった頃に池内は、新聞のエッセイで「『不条理作家』などという窮屈なレッテルから解放して、もっとおかしく、フシギな、新しいカフカを示したかった」と述べています。「変身」「城」「審判」など有名なカフカ作品もさることながら、芸人が出てくる「断食芸人」に、池内はひときわ愛着を持っていたようです。

興行主から最高40日の断食を決められていた男が檻に入り、何も食べずに芸もせず、座ってひたすら断食を続けます。サーカスに新たに雇われるものの動物たちと並ぶ檻にいますと、観客には見落とされがちになり、やがて忘れ去られるという悲しい内容です。

カフカが1922年に執筆、死後に出版されたこの「断食芸人」は、ストーリー的にほぼ同時期に日本で作られた落語「動物園」によく似たところがあります。そんな点からも池内はこの小説にことさら惹かれたようですが、他方池内には、1999年刊の『はなしの名人―東京落語地誌』という落語と正面から取り組んだ著作がありました。

題名通り、名人上手の落語家が演ずる古典の名作あわせて15作を取り上げていて、その舞台となった土地を池内自らが訪ね歩き、歴史、地理などを分かりやすく考察したものです。

最初に論じられているのは、大正半ばから昭和三十年代初めまで活躍した三代目春風亭柳好の「野ざらし」。江戸向島に釣りに出かけた浪人者が、蘆で見つけたドクロに瓢の酒を手向けます。裏長屋に帰りますと、その晩妙齢の女性がやっと浮かばれたとお礼に現れる、前半がやや陰気な噺です。

池内は、「柳好自身、向島の住人だった。のちには置き屋を持ち、旦那さまにおさまった。高座のない日は、ふところ手して小唄を口ずさみながら、大川端を散歩するのが日課だった」として、陰気な「人骨をめぐる因縁ばなしが、もののみごとにスラップスティック調の喜劇に変え」られたのは、柳好の手柄と指摘しています。そして向島の辺は隅田川が洪水をおこす度に多くの水死人が出、ドクロはしょっちゅう見かけたので、「フクベの酒を手向けて回向をするのは釣り人の習いだった」と、背景に触れています。

『はなしの名人』のあとがきで池内は、ヨーロッパ文学のテクストを読む要領で落語をテクストとしてながめたと記しています。そこから落語に登場する舞台は、「たまたま選ばれた土地ではなく、江戸から東京に及んで意味深い地誌といったものが、強力にはなしの性格を決定していた」と推測しています。

『錬金術師通り』のあとがきでは、東欧をひとり旅したことによる「旅先の収穫」と、その短編小説集の由来が語られています。ドイツ文学を核にした翻訳と研究、小説エッセイの発表、繰り返したひとり旅、それに落語好き、池内紀にはそれらがすべて一本の道のように続いていたのでした。


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