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最終回 恐竜の色は何を意味するのか?
国立科学博物館・標本資料センター長
分子生物多様性研究資料センター長
真鍋 真
この連載の最終回は新年号でカラーの紙面になるので、華やかにしたいと連載開始時の半年前から楽しみにして来た。
恐竜の段階ですでに羽毛が進化していたことがわかったのが1996年。恐竜の羽毛はフリースのような短く体表を覆うものだと思われていたが、恐竜の段階で立派な翼が進化していたのがわかったのが2003年だった。羽毛のような繊細な組織まで残っている化石が見つかっても、恐竜の色なんてわからないと思われていた。それが覆されたのが2010年だった。
羽毛の表面にメラニン色素に関連したメラノソームが残っていれば、その形と密度を現代の鳥類と比較すれば、恐竜の色が推定されるようになったのだ。最初に全身の色が復元された恐竜はアンキオルニスだった(図1)。
アンキオルニスは約1億6000万年前のジュラ紀後期に中国に生息していた羽毛恐竜だ。アンキオルニスのような翼を持った恐竜は、前あしだけではなく、後ろあしにも大きな翼をもっていた。まだ前あしの翼の羽ばたき能力の低かった羽毛恐竜たちは、前後4枚の翼で枝から枝に飛び移っていたと想像されている。アンキオルニスの全身はほぼ黒色で、前後の翼には白い帯模様があった。頭頂部と頰の羽毛は赤かった。
アンキオルニスの体色は地味に見えるかもしれない。しかし、ちゃんとアピールをしているのかもしれない。現代の鳥類で頭頂部の羽毛が赤いものは、ほとんどの場合は成熟したオスを意味している。アンキオルニスの骨格から性別がわからないので、それが成熟したオスの印だったかはわからない。
爬虫類の脳は嗅覚が、鳥類の脳は視覚がメインセンサーであることが知られている。恐竜から鳥類への進化の中で、頭部の内部の空間から脳の大きさと形を復元すると、嗅覚から視覚に比重が移っていったことを確認することが出来る。アンキオルニスたちは、遠くから一目見ただけで成熟したオスを識別することが出来、メスは赤の鮮やかさでオスを選んでいたのかもしれない。
これまでに全身の色が復元された恐竜はまだ数種だが、黒や茶色の地味な色のものが多い。黒や茶色は羽毛の表面のメラノソームの密度が高いことから、羽毛が丈夫になるので、そのような色が多いのではないかと説明されて来た。
カナダから発見されたボレアロペルタという鎧竜がいる。その体表のウロコからメラノソームが発見され、戦車のような体は茶色だったことが2020年6月に発表された(図2)。
ボレアロペルタが茶色なのは、地面とカモフラージュ効果があっただろうと考えられている。鎧竜のウロコはもともと硬いので、メラノソームの密度を上げて、丈夫にする必要はなかっただろう。たまたまかもしれないが、濃い色と丈夫さで全てを説明しない方が良いことを教えてくれているのかもしれない。
「ジュラシックパーク」は、琥珀の中に恐竜の血を吸った昆虫の化石が残っていて、吸った血から恐竜が復活した。ある研究では、マイナス5℃で保管しても、DNAは680万年くらいでその配列が解読不能になってしまうらしい。1億数千万年前の琥珀の中のDNA配列を読み取り、恐竜を分子生物学的に蘇らせることは難しそうだ。
まだしばらくは、人類の知恵を結集して、生物としての恐竜の姿を少しでも明らかにすることを目指していこう。私たちの歩みは遅いかもしれないが、確実に前進していると信じて。
(終わり)