〈第14回〉市民を分断し信頼を裏切る政策以前の政治目的の遂行

編集者/著述家 江 弘毅

わたしは『「うまいもん屋」からの大阪論』など大阪の街場について書いたり雑誌を編集してきたりしてきたが、読者の間に「新刊の大阪の街についての視点は面白くて同意できるが、江はまだ反維新なんだろうか」のようなことをSNSに書き込まれることがある。悲しすぎるというか、何とも言えない気分になってしまう。

「反維新」も「反日」もよく似たレッテルの貼り方で、それは確実に自分たちと意見を異にする人に対しての攻撃的姿勢を表すものだ。「反日」の反対語は「親日」であるはずだが、「反維新」である者が「反大阪」であるというのは見当外れもいいところだ。

わたしが維新による大阪の政治について「違う」と思ってきたのは、経済効果や市民サービス云々といったものでなく、そのやり方やモラルひいては民主主義についての見方であり、それが明らかに同じ街場で具体的に暮らす人についての「分断」を生み出しているからだ。

都構想についてもそうだが、政治的な目的遂行のためには、詭弁はもちろん嘘、データのでっち上げもいとわない。

「勝つ」ためには何でもありで「取った者勝ち」さらには「勝てば総取り」ということを良しとする考え方は、信頼を裏切ったり友人を失ったりしてもかまわない、自分の間違いは絶対認めないし決して謝らないというところに繋がる。わたしが言っているのは、政策以前の事であり、都市生活において「人づきあい」をどう考えているのかという「根の部分」である。

大阪の街場では、もちろん彼らが攻撃の対象とする学校の先生も市役所の職員も一緒にご飯を食べ、時にはお酒を囲んでよろしくやっている。大阪の街場の人は、一見客には「どこから来たのだ」と聞いて話しかけて、おすすめの料理を薦めたり、あるいは常連客のようにサービスをしてもてなす。

「二度漬けお断り」の思想は勝ち負けではない

大阪の街場においての象徴的な「串カツ二度漬けお断り」の思想は、知らない同士が隣り合わせた場合にも、みんながイヤな思いをせずすんなり美味いものにありつけるというパブリックな考え方だ。自分だけが街のある空間を占領したりするのを良しとしない思いがそこにある。

新型コロナウイルス感染拡大で、大阪はもちろん世界中の街の人が不安でいっぱいだ。わたしのまわりでも、店をたたんだり、収入がなくなった人も多くいる。そんななか、吉村府知事と松井市長の言動を見て思い出すのは、もう8年前になるだろうかこれまたダブル選挙で橋下徹市長と松井府知事が誕生し「維新旋風」が吹きまくってたときのことである。

とあるカルチャー誌の対談(内田樹・高橋源一郎氏)で、「あなたはこれから非常に危険な雪山に行きます。ひとりパートナーを選べます。橋下徹と湯浅誠、どっちを選びますか?」という問いを司会者が出し、「維新支持者でも湯浅さんを選ぶだろう」という議論の結果になったこと。

メディア受けのことばかり考えて、ワクチン治験に前のめりになったりしている反面、特別定額給付金10万円の支給の遅れについて他都市より著しく遅れたことについてのあの態度なりは一体なんなんだろうと思う。万博もカジノも都構想も大阪の市民の実生活を支えるためのものではない。

「ワクチン治験」前のめりの府知事に困惑広がる(毎日新聞7月5日付)


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