〈第7回〉「シルバーデモクラシー論」の根本的な誤り

「大阪維新の会」は大阪府と大阪市が同様の行政サービスを行うのは「二重行政」だと主張して、その解消のために大阪市を廃止する「大阪都構想」を打ち出しました。しかし、都構想の中身を精査するなかで数々の問題が明らかとなり、2015年の住民投票で否決されました。「一度きり」とされた住民投票ですが、今年の11月にも再度行われようとしています。本連載では、様々な識者の方に寄稿をいただき、都構想のいったい何が問題なのか考察していきます。

2015年6月26日付の産經新聞『iRONNA』は、「老人の老人による老人のための政治」と題する特集を組んだ。その契機は、次のように説明されている。

5月17日、橋下徹大阪市長の看板政策『大阪都構想』が否決された住民投票。『シルバーデモクラシー』論がにわかに起こったのは50代以下の有権者が賛成が5割を超えたものの、60代、70代が反対多数だったという出口調査の結果がきっかけとなった。現役世代よりも高齢者の意見が政治に過剰に反映されるという問題提起に対してインターネット上で様々な反響があがった」(※1)

実際、「インターネット上で様々な反響」があった。たとえば、音喜多駿氏は「他のすべての世代の投票結果で過半数を得た意見が70代以上の投票で覆された事実は『シルバーデモクラシー』と言うべきものであり、まずはこの現実を受け止めて危機感を強めるべき」(※2)だと述べている。たとえ若年層の投票率が低いことが原因だとしても、結果的に高齢者の意見が政治に過剰に反映されてしまう事態を直視し「まずはこの現実を受け止め」るべきだというわけである。だが、結論から先に述べると、この現実認識そのものが誤りなのだ。大阪市住民投票では、非高齢層の投票率が上がったからこそ反対多数になったのである。

たしかに、住民投票の年齢別投票率を示すグラフ【図折れ線上】を見ると、高齢者の投票率が高く、年代が下がれば投票率も下がっている。だが、高齢者の投票率が高いのは、この住民投票に限ったことではない。2011(H23)年の大阪市長選挙でも、高齢者の投票率が相対的に高く、年齢が下がると投票率も下がっているのだ【図折れ線中央】。この市長選では、60.92%という高い投票率の中、いわゆる〈大阪都構想〉を掲げた橋下徹氏が75万票以上を獲得して当選した。同じく高齢者の投票率が高い中、〈大阪都構想〉支持票が多数だったのである。

さらに、これら2つのグラフを比較した場合、2015(H27)年の住民投票と2011(H 23)年の市長選との間で、高齢者の投票率に大きな差は見られない。どちらも、65歳〜79歳の投票率が同じくらい高いのだ。逆に、非高齢世代の投票率を見ると、2011(H 23)年の大阪市長選の時の方が、住民投票時より明らかに低くなっている。つまり〈大阪都構想〉を掲げた橋下氏を市長に当選させた時の方が、投票者に占める高齢者の割合は高かったということなのである。

住民投票の投票率を66.83%にまで押し上げたのは、このときだけ多くの高齢者が投票したからではない。逆に、【図】を見れば明らかなように、非高齢者、特に35歳〜64歳の年齢層の投票率が上がったからこそ、全体の投票率が上がったのだ。高齢層、特に65歳〜79歳の投票率は、既に2011(H23)年の市長選の時点で非常に高くなっており、もはや上昇する余地などなかったのである。橋下氏は、若い世代の投票率が低い市長選挙で75万票以上を集めて当選した。一方、住民投票では、若い世代の投票率が上昇した中、反対多数という結果が出たのだ。この事実を直視する限り、仮に高齢層の投票率が相対的に高い状況をシルバーデモクラシーと呼ぶにしても、その度合いは、住民投票時よりも、むしろ橋下氏が当選した市長選時の方が明らかに強かったということなのである。

(※1)https://ironna.jp/theme/286
(※2)http://blogos.com/article/112396/

著者プロフィール

帝塚山学院大学 教授 薬師院やくしいん 仁志ひとし

京都大学大学院教育学研究科博士後期課程(教育社会学)中退。京都大学教育学部助手、帝塚山学院大学文学部専任講師等を経て、現在、同大学教授(社会学)、大阪市政調査会理事、レンヌ第二大学レンヌ日本文化研究センター副所長。近書に、『「文明の衝突」はなぜ起きたのか』(晶文社、2017)、『ポピュリズム』(新潮社、2017)、『公共図書館が消滅する日』(共著・牧野出版、2020) などがある。


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