〈第4回〉「法的拘束力」のある〝否決の民意〟を無視する姿勢

フリージャーナリスト 吉富 有治

大阪市を廃止して特別区を設置する構想が実現しようとしている。大阪維新の会とマスコミはこれを「大阪都構想」と呼ぶが、私はカタカナで「トコーソー」と書いている。まともに論評する気にならないからで、そのインチキぶりを折に触れて指摘している。

そのトコーソーの是非を問う住民投票が今年11月1日に行われる予定だ。まだ正式決定ではないが、すでに大阪維新の会と公明党がこの日に実行するという約束を交わしているので実施されるのは間違いない。

さて、次回の住民投票は2度目である。1度目の実施は2015年5月17日。そのためか「前回の住民投票で否決されたはずなのに、なぜ再びやる必要があるのか」という声も少なくない。

対して大阪維新の会は以下のように説明して2 度目の住民投票を正当化している。

すなわち、

①住民投票で反対多数になったあと、自民党大阪府連が二重行政を解消する目的で設置を主導した大阪戦略調整会議(通称「大阪会議」)が機能しなかった。

②住民投票後の府知事選、市長選のダブル選挙で大阪維新の会が圧勝したことで民意は再度の住民投票を望んだ。

等々である。だが、これらの主張は詭弁でしかない。極論すれば民主主義を破壊する行為である。

住民投票の再実施は非民主的である

トコーソーの住民投票は「大都市地域における特別区の設置に関する法律」(通称「大都市法」) に基づくもので、これには法的拘束力がある。つまり、示された民意には従わねばならない。賛成多数だったならばその結果に従わなくてはならず、「民意や情勢が変わった」といった理由で結果をひっくり返すことは本来、やってはいけないはずなのだ。

もし前回の住民投票の結果が賛成多数となり、その後の統一地方選や首長選挙で非維新の候補者が勝ったとしよう。そのとき大阪維新の会以外の党派が「情勢が変わった。民意は再びの住民投票を望んでいる。もう一度賛否を決めよう」と言えば大阪維新の会は納得するだろうか。おそらく「法的根拠があるのだから結果に従うのが筋」と怒り狂うのは目に見えている。それで当然なのだ。

これは反対多数でも同じである。トコーソーを否決した民意には法的な拘束力があると解釈するのがまともな民主主義であり、その後の情勢変化を根拠にちゃぶ台返しのように住民投票をやり直すのは非民主的な前近代的行為と言わねばならない。

もし大阪維新の会が言うように大阪会議が機能しなかったのならば、それを理由に再度の住民投票へ至るのではなく、まともに機能するよう努力することが大切なのだ。

こんなことを許せば、例えば市長選などで落選した候補者が「当時と民意や情勢が変わったから再選挙を」とゴネれば、再び選挙することが可能になってしまう。

民主国家の政治家なら、示された民意に従うのは当然なのに、こんな当たり前のことが大阪維新の会にはなぜか通じない。大阪市民の多くも不思議なことだと思わない。安倍晋三政権のデタラメぶりといい、この国の民主主義はどこかおかしくなっている。

著者プロフィール

フリージャーナリスト 吉富よしとみ 有治ゆうじ

1957年愛媛県生まれ。金融専門誌、写真週刊誌の記者を経てフリーランスに。主に大阪府政や大阪市政を取材し、テレビや新聞、ラジオでコメントも。近著に『緊急検証 大阪市がなくなる』(140B)。他に『大阪破産からの再生』(講談社)、『橋下徹 改革者か破壊者か―大阪都構想のゆくえ』(中央新書ラクレ)、『大阪破産』『大阪破産第2章―貧困都市への転落』(以上、光文社ペーパーバックス)など。


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