感染リスク分散の観点から研究所の一元化は不要
国内でのPCR検査の体制が整っていないまま今年に入ってから新型コロナウイルスの感染が拡大し、検査現場が逼迫する状況がこの間続いています。大阪府保険医協会が行った会員医療機関向けの新型コロナウイルスの影響調査においても、「保健所へ連絡が繋がらない」「検査待ちが多い」などの声が多数寄せられました。大阪府のPCR検査の実態をつかむため、大阪健康安全基盤研究所職員労働組合執行委員長の川畑拓也氏に、2017年に独立行政法人化した経緯、それに伴う検査体制への支障、PCR検査の実施方法など、お話を伺いました。
―地方衛生研究所の役割について教えてください。
地方衛生研究所は国民の生活の安全を脅かす事象を検査・研究し、その情報を社会に還元しています。人々の命と健康を守るため、日々検査、研究、情報発信を行っています。主な対象は「感染症」「食の安全」「医薬品」「生活環境」となります。基本的に研究所は全国の各都道府県に1つ、政令指定都市に1つ設置されています。
―2017年に大阪府立公衆衛生研究所と大阪市立環境科学研究所が統合・地方独立行政法人化され、大阪健康安全基盤研究所が創設されました。統合前後で変化したこと、困っていることなどをお聞かせください。
違う自治体に設置された組織形態も異なる研究所を無理やり合併しているため、未だに内部は統合しきれていない状態です。私が勤務する森ノ宮センターは、旧府立公衆衛生研究所で、大阪府内の検体の検査を引き続き行っており、旧市立環境科学研究所の天王寺センターは大阪市の検体の検査を行っています。
感染症部門を例に挙げると、検査の受け方、方法、結果報告の仕方などの統一作業をしている最中に新型コロナの騒ぎが起きてしまいました。
現状の問題というよりは、2年半後に両センターの施設が森ノ宮に一元化され、天王寺センターの職員が移動してきますので、統合後の組織改編などの問題は施設一元化のあとに生じてくると思います。
また、独法化したことによって、当研究所は保健所とのやりとりが非常に多いにもかかわらず、大阪府庁と出先、自治体間の書類輸送システム(逓送)から外されてしまう案も出ています。
統合された理由として「二重行政」が挙げられていましたが、そもそも地方衛生研究所は都道府県に1つ、そして対応する人口が多くなる政令市には更に1つ設置されています。大阪では他に堺市と東大阪市にも衛生研究所があります。
「住民の健康を維持するため」に人口が多い都市にはさらに数が必要になるのは当たり前で、それは市役所や区役所の役割配分と同じであり、担当する行政区が異なるので「二重行政」ですらありません。
新型コロナウイルス感染症のPCR検査のことも考えると一元化せずに、このまま2カ所のセンターで平行して業務を続ける方が良いのではと個人的に考えます。今回の第1波で、所内で感染者は出ませんでしたが、もしも検査担当者が感染した場合、濃厚接触者として検査担当者全員が自宅待機することになり、検査が止まってしまうので、リスク分散の観点からも今のまま2カ所でPCR検査を実施した方が良いと思います。
保健所・医療機関 増員・増設が必要
行政は第1波の反省活かし早急な対応を
―新型コロナウイルスの現状の検査体制についてお聞かせください。
森ノ宮センターは大阪府と中核市の保健所から、天王寺センターは大阪市保健所からの依頼分のPCR検査を行っており、検査件数は両センターでほぼ同じだと思います。森ノ宮センターでは微生物部ウイルス課研究員14人全員と非常勤1人で、保健所から持ち込まれる検体を土日祝休まず交替制で毎日検査してきました。結果は翌日までに速報(メールや電話)でお返ししています。
新型コロナが出始めたとき、PCR検査機は2台しかありませんでした。途中から国と府の補助金で新たに1台追加し、現在3台が稼働しています。
1回につき96検体を同時にPCRが行えるのですが、精度を高めるため1検体2回検査します。装置は1回48検体から陽性・陰性対照分を引いた44検体が検査可能で、3台分ですと一度に132検体の検査が可能となっています。それを午前と午後、1日2回行い、件数が多いときは3回行いました。
―PCR検査をするうえで負担になっているのは何でしょうか。
PCR検査では、実は、届いた検体の梱包を解いて、汚染しないよう注意しながら検体を検査用の容器に移し替えるステップが、一番時間がかかります。自身が感染しないようにマスクやガウン、手袋を身に付けた上で、安全キャビネットという、エアロゾルを外に出さない仕組みのブース内で、慎重に作業をしなければいけないからです。最初の頃は作業に慣れていないこともあり、12検体処理するだけで、1時間以上かかった場合もありました。
仮に自動PCR検査装置が導入されても、病原体に曝露して感染しないように容器を移し替える手技を熟知する職員が準備しなければならず、そこの手間は変わりません。
検査の次のステップとして、RNA抽出するのに、30分~1時間程度、その後RNAとPCR試薬を混ぜ、PCR検査機にセットし、結果が出るまでに2時間30分程度かかります。RNA抽出は、最初は全て手作業でしたが、自動抽出器の購入以降、装置と手作業を平行して行うことで処理能力が向上しました。
―検査件数は増加傾向にありますか。
ピーク時には1日300件の検体を行っていたのですが、5月末現在の検査数は50件以下です。退院する人が増えたので、陰性確認も減り、感染疑いも減っていると感じています。今後はさらにPCR検査機を2台追加し、5台で検査可能となるので、第1波初期の頃と比べると検査能力は格段に上昇します。
行政に対し体制強化への補助金・予算を要望する
―大阪府内の保健所は現在18 カ所まで減らされています。保健所とのやり取りのなかで感じたことについてお話しください。
以前から組合活動を通じて府保健所は人員不足で大変だと聞いており、「いわんこっちゃない」というのが府に対する第一印象でした。保健師の業務は専門性が高いものなので、簡単に業務分担は出来るものでは無いでしょうが、新型コロナ流行の初期に事務作業の分担をして負担は軽くできたはずです。普段から足りていない人員配置がこれを教訓に、少しでも改善されれば良いのにと思います。
森ノ宮センターでの検体の受け取り時に、検査依頼書の記載内容について、こちらも正確に検査を行わないといけないので、忙しいのは分かっているのですが、保健所の方にしつこく確認していました。人員不足のなか大変なのに本当に申し訳ない気持ちで一杯でした。この場を借りてお詫びできればと思います。
―現在の検査体制の不十分さ、そして今後、第2波もしくはインフルエンザが流行しだす時期までに体制強化が求められます。どのような医療体制、保健所体制が望ましいでしょうか。また、国や大阪府に要望することはありますか。
新型コロナは地域単体で起こる災害などと違い、全世界、全国的に広がっています。そのため、しっかり国・各自治体がそれぞれ対応できるよう、第1波の早めの総括をして今後に備えなければなりません。
今回の第1波で足りないとわかったところはすぐに補強が必要です。まず、関連する保健所や医療機関の増員・増設、消耗品の供給などの準備が大事です。
当センターでも、国からの物資支援はありませんでした。自分たちで卸業者にひたすら問い合わせ続けて防護具等を確保していました。このままいくと足りなくなるので、ガウンやマスク、手袋の使いまわしをし、最終足りなくなるのであれば、簡易なビニール製のガウンの着用で検査に対応しなければと覚悟していましたが、なんとか切り抜けられました。
こうした問題が起こらないように、行政にはイニシアチブを取っていただき、医療機関や保健所、我々のような検査機関に医療・検査に関する消耗品が枯渇することのないように、差配を要望します。
医療・検査体制の環境整備のための補助金や予算もしっかり立てて、第2波が訪れたときの体制強化に繋げていただきたいと思います。