カテゴリー:先人の足跡をたどる

  • 昭和の風情が漂う、新世界と通天閣

    先人の足跡 No.155(浪速区) 大阪案内人 西俣 稔 前回、浪速区に独力で架けた十津川屋橋を紹介しましたが、今回は新世界をご案内します。スタートはJR新今宮駅、隣の今宮駅に対し「新」が付きますが、いつ駅ができたのか。昭和36年(1961)までは、環状線はなく大阪駅から天王寺…
  • 終戦直後、独力で架けた橋 幻の十津川屋橋を追って(後編)

    先人の足跡 No.154(浪速区) 大阪案内人 西俣 稔 「浪速区恵美須町の食堂『十津川屋』の西谷良一さん仮名・当時38歳)が、入堀川に小さな仮橋をかけた。夕日橋という橋があったが、戦災で焼け落ち、主婦は米の配給所まで遠回りし、通学する小学生は焼残った鉄管を危なげに渡るので、見…
  • 終戦直後、独力で架けた橋 幻の十津川屋橋を追って

    先人の足跡 No.153(浪速区) 大阪案内人 西俣 稔 今回から浪速区をご案内します。昭和18年(1943)にできた区で、面積4.39㎢、日本で一番狭い行政区です。しかし奈良街道や紀州街道が通り、今宮戎社、広田神社などが鎮座し、明治36年(1903)内国勧業博覧会の跡地にでき…
  • 暗越奈良街道と契沖ゆかり「妙法寺」を辿る

    先人の足跡 No.152(東成区) 大阪案内人 西俣 稔 前回のセルロイド会館を後に、長堀通を渡ると小高くなった道が暗越奈良街道で、随所に碑が建っています。道に平行してフェンスに囲われた、細い空き地が水路の跡です。街道沿いに水路はつきもので、農作物を小舟で運んだり、灌漑や排水に…
  • 猫間川跡と、近代産業創業の町、松下幸之助起業地を訪ねる

    先人の足跡 No.151(東成区) 大阪案内人 西俣 稔 JR玉造駅東にある市立玉津中学校南の道は歪に蛇行しています。森ノ宮から続く猫間川跡で、南下すると東に広大な空き地が。調べると東洋鋳物工場の跡地で、東成区も田地から工場地帯と化し、さらに宅地化した経緯が分かります。…余談で…
  • 暗峠奈良街道と玉造、猫間川跡周辺を辿る

    先人の足跡 No.150(東成区・天王寺区など) 大阪案内人 西俣 稔 [caption id="attachment_6173" align="alignright" width="225"] 八阪神社前の「暗越奈良街道」道標[/caption] 前回の八阪神社の参…
  • 八王子神社、八阪神社平野川沿いを辿る

    先人の足跡をたどる №149(東成区) 大阪案内人 西俣 稔 今回は千間川跡の南、東成区に散在する神社や史蹟などを辿ります。まずは「東成」の由来から。上町台地の尾根を境に「東に生まれた(成った)」の意味で、「東生」とも書かれていました。反対側は「西成」です。文献上の初見は古く奈…
  • 大阪砲兵工廠跡、千間川跡 森ノ宮駅周辺を辿る

    先人の足跡をたどる №148(中央・城東・東成各区) 大阪案内人 西俣 稔 今回から東成区をご案内しますが、まずはJR森ノ宮駅周辺を辿ります。駅名は西すぐにある森ノ宮神社からです。正式名を鵲かささぎ森宮と呼び590年頃、聖徳太子が父の用明天皇を祀り、創建したと伝わります。朝鮮か…
  • 和洋のレトロ建築、地車の発祥、岸和田城天守閣周辺を辿る

    先人の足跡をたどる №147(岸和田市) 大阪案内人 西俣 稔 前回の「五風荘」の南に、大正末期に建った十六軒長屋があります。大阪市内にも長屋はありますが、これだけ連なるのは見たことがないです。四軒ごとに空地があるのは、火災の際に類焼を防ぐためです。レトロな「高名ラジオ店」の看…
  • こなから坂・吉田松陰滞在地・蛸地蔵 岸和田城下町を辿る

    先人の足跡をたどる №146(岸和田市) 大阪案内人 西俣 稔 前回は鍛冶屋町などをご案内しましたが、いよいよ岸和田城内へ入ります。敵の侵入に備えカギ型に曲げた堺口門跡を入ると、本町で城下町の中心地です。すぐに内町門跡でここもカギ型で二重に防御していました。街道筋ならではの和菓…
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