⑤ベーシックインカムは私たち世代の皆保険

同志社大学経済学部教授
Basic Income Earth Network理事
山森 亮

本連載初回で、コロナ禍において世界各地でベーシックインカムを巡る議論が高まっていることを紹介しました。

一つは短期的な緊急所得保障としてのもの、もう一つはより長期的に、より人びとが住みやすい社会への方向性としてのものです。

緊急所得保障としてのベーシックインカム

短期的な緊急所得保障について、イギリス、ドイツなどでは、政府による賃金の補填などの形で迅速な対応がとられました。スペインやブラジルではベーシックインカムの理念に言及しながら、既存の生活保護的仕組みからは漏れてしまう人たち向けに新しい制度を導入しました。日本では、10万円の特別定額給付金が行われましたが、1回限りでした。

菅首相は1月27日の国会答弁で、生活保護に言及しました。もちろん生活保護は大事な制度でコロナ禍においても、大きな役割を果たしてもらわなければ困ります。ただ、生活保護は、本連載第3回で触れたように、コロナ禍より前から、必要な人の2割前後しか受給できていませんでした。

コロナ禍で生活保護受給者は増えているとはいえ、例えば昨年10月はその1年前と比べて1.8%(335件)の増加と、コロナ禍で困窮されている人びとの増大に見合っていません。

なぜ生活保護が必要とする人に届いてこなかったのか、届くためには生活保護行政をどのように変えなくてはいけないのか、あるいは生活保護以外の緊急所得保障を行うのか、などについて、国会で議論が深まっていく気配が見えないのは残念です。

世界各地で現在提案されている緊急ベーシックインカムにはいろいろな案があります。日本の場合は、例えば自粛要請が続く間は、一人あたり毎月10万円を給付し、コロナ禍が終息した後で、高所得者の累進課税税率を上げるといったような形が考えられるでしょう。

人々に経済活動の抑制を要請する場合には所得保障も同時になされなければならないという当たり前のことが政策の立案や決定に携わる人たちの間で理解されていない現在の日本の状況を前に、私自身は、緊急ベーシックインカムでも、生活保護の拡充でも、あるいはそれ以外の方法でも、なんでもいいので速やかに、今困窮しているひとに一人でも多く給付がなされることを願ってやみません。

経済効率至上主義から脱却するために

長期的な方向性としてのベーシックインカムの議論ですが、コロナ禍を深刻化させた経済効率至上主義的な方向性と袂を分かち、それらとは別の方向へ私たちが向かうためにベーシックインカムが必要だというものです。どういうことでしょうか。

例えば、外出制限あるいは「自粛」要請なるものが必要となっているのは、感染の急速な拡大による医療崩壊を防ぐためだと言われています。図のグラフの横の棒、その棒を超えないように盛り上がる曲線の盛り上がりを低くしようという訳です。ところがこの横の棒の高さを下げてしまうことが、多くの国で数十年以上、民営化や規制緩和を旗印とした新自由主義と呼ばれる政策動向のなかで行われてきました。

例えばイギリスの医療制度はNHS(国民保健サービス)と呼ばれ、誰でも無料で医療を受けることができるものです。コロナ禍での政府の会見では「ステイホームして、NHSをまもり、命を救いましょう」という標語が掲げられています。ところが実際には、過去数十年にわたって、NHSへの予算は削減され、数年前には医療従事者によるストライキも行われるまでに状況が悪化していました。そうした状況下でコロナ禍が起こったのです。

また今回のパンデミック自体の原因は分かりませんが、環境破壊や気候変動によって、今後も周期的にパンデミックに見舞われるとの予測もあります。

したがって、これからの世界は、環境に配慮し、経済至上主義を改め、医療や公衆衛生などの社会的サービスを充実させる方向へ変えていかなくてはならないという訳です。

そのためには経済を、成長のための、あるいは一部の人の利益のためのものから、私たちの生活に不可欠な(エッセンシャルな)もののために組み替えていく必要があります。

しかし私たちの多くが旧来型の経済成長を約束する政治家に投票してしまうのは何故でしょうか。ベーシックインカムなき社会では経済成長なしには暮らしていけないからです。ベーシックインカムがあれば、脱成長と暮らしを両立することができます。


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