同志社大学経済学部教授
Basic Income Earth Network理事
山森 亮

前回、コロナ禍でベーシックインカムを巡る様々な動きが世界各地であること、ベーシックインカムとは「すべての人に、個人単位で、資力調査や労働要件を課さずに無条件で定期的に給付されるお金」であること、そしてベーシックインカムを含む広い概念として「保証所得」という考え方もあること、の3点をご紹介しました。

「何故すべての人に」「お金持ちにも配る意味は」「どうして個人単位」「労働要件は設けないのか」など、さまざまな疑問が浮かびますよね。

図:人生を綱渡りから道歩きに 
出所:上・山森亮『ベーシックインカム入門』より、下・筆者作成

第二次大戦後、多くの国で「福祉国家」を目指して様々な社会政策が導入されました。まずは人々が雇用を通じて生計を立てられること(完全雇用政策)を目指し、病気や失業、老齢などのリスクに政府が関与する社会的な保険で対応し、最終的な手段として、生活保護などのセーフティーネットを整備するという3本柱の仕組みです()。

ところが1960年代半ばごろ、制度が成熟してきたはずなのに、貧困が解消されていないことが明らかになってきました。様々な理由で上記の3本柱の政策では、制度の谷間に落ち込んでしまう人々が出てしまうのです。

そこで提案されたのが、前回紹介しました(生活保護的な仕組みの様々な条件のうち、金銭面での資力調査以外のものをなくす)「保証所得」です。アメリカでは1970年代に成立一歩手前まで行きましたし、当時の西欧や北米では、かなり知られた政策構想でした。

「私には夢がある」の演説で日本でも知られているキング牧師も、この保証所得を実現しようとしていました。件の演説は、1963年に黒人の公民権を求める大行進が全米からワシントンに集結した際に行われたものです。1968年に今度は保証所得を求める大行進を組織しましたが、行進が始まる直前に暗殺されてしまいます。キング牧師が保証所得を学んだのは、福祉権を求める運動をしていた黒人の女性たちでした。

同じ頃、カナダ、イタリア、イギリスなどでも、女性たちによる運動がありました。このうちイギリスでは労働者階級の女性たちが、「保証所得は労働要件が課されないだけではなく、資力調査も行わず個人単位で支給される無条件なものでなくてはならない」と主張しました。今私たちがベーシックインカムとして知っている概念を生み出したのは彼女たちだったのです。

資力調査を伴う給付は、通常公平性を担保するために、本人だけではなく、生計を一にしている人がいればその人(たち)の資力も調査します。

このため、福祉を受給しようとしたシングルの女性たちに対して、男が隠れているのではないかと深夜に突然福祉事務所からの調査が入ったり、近所の男性が台所の配管のつまりを直しにきてくれただけで給付を打ち切られたり、といった事態が頻発しました。こうした給付における性差別をなくすためには、ベーシックインカムという方法しかないと訴えたのです(写真)。

写真: ベーシックインカムを要求したイギリスの女性たち
出所: 右上: ジュリア・メインウォリングさん(2013年、筆者撮影)、
    左下:メインウォリングさんと仲間たち(1970年代、メインウォリングさん提供)

またイタリアの女性たちは、男性が外で働き、女性が家で家事育児介護などを行うという性別役割分業も批判しました。女性たちが家庭内で報酬を受けずに行われることの延長上に、看護や保育などの女性が多いケア労働の現場の低賃金もあると見抜いたのです。ベーシックインカムが導入されることで、こうした低賃金で働く女性たちの雇用主に対する交渉力があがり、職場での男女平等もすすむと考えました。


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