嫌韓を煽り立てる異常な政治・報道を受けて

日韓関係をめぐる議論が活発になっている。その中で、とりわけ〝嫌韓〟と呼ばれる韓国への反感を煽るような一部メディアの風潮は問題である。一部の論評では、隣国を感情的に遠ざけるような言葉が多用されている。たとえば「憤怒と裏切りの朝鮮半島」(文芸春秋)「厄介な隣人にさようなら/韓国なんて要らない」(週刊ポスト)「怒りを抑えられない韓国人という病理」(週刊ポスト)などである。

徴用工、慰安婦問題に端を発し韓国の大法院が日本の企業に損害賠償を命じたことから始まる。これに対して、日本政府は輸出制限という貿易問題にすり替え、互いに譲歩せず、政治家まで感情的に相手国を非難する事態にまで至った。

これに一部メディアが便乗して嫌韓記事を乱発した。争いは双方の国際的立場を弱めるだけで、誰も利することにはならない。日韓関係の背景は1910年の日韓併合に遡る。この併合を日本政府は国際的に認められた合法的なものという解釈で押し切り、韓国は日本の強大な軍事的圧力による強制的な併合で、合法というのは形式的な建前に過ぎないと捉えている。併合以前の義兵戦争、1919年3月1日の大規模な独立運動は日本の軍事力で弾圧され、多くの死者を出した。植民地下での朝鮮では言論の自由や結社の自由がなく(日本でも同じだが) 皇民化教育、創氏改名など朝鮮人の尊厳は踏みにじられた。

日本国内でも1923年の関東大震災では朝鮮人に対する誤解偏見から多数の朝鮮人が虐殺された。京都府宇治市の宇治川のほとりには、最近建立された朝鮮人留学生の記念碑がある。1942年、尹ユン・ドンジュ東柱は朝鮮から留学し同志社大学に入学したが1943年、独立運動の容疑で弟とともに逮捕され治安維持法違反で福岡刑務所へ送致されたが1945年獄死した。

表現の自由から逸脱する差別的な「嫌韓」記事

このように朝鮮人が日本の植民地時代に受けた圧制による虐待は忘れられるものではなく、被害国としての意識は永遠に続くものである。我々日本人は、加害者としての意識は忘れ去られようとしているが、過去110年の歴史的背景を考えると韓国、韓国人に対して嫌韓反韓意識など生じるはずがない。

日本の週刊誌などに見られる嫌韓記事はヘイトスピーチそのものであり、差別意識丸出しの内容は表現の自由から逸脱している。今後は両国の首脳が、直接会って、胸襟を開いて対話することしか解決の糸口がないと思われる。

安倍首相が北朝鮮の金正恩キム・ジョンウン委員長には「条件を付けずに話し合いたい」と述べたことを文在寅ムン・ジェイン大統領に何故言えないのか疑問が残る。


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